保津峡にて。 珍しく遠足帰りの学生達で一杯。まだ紅葉も始まっていないが、蒸気暖房(SG)の煙が客車の床から出ている。1984年秋。
千代川−八木。約2年半ここに住んでいたのでちょくちょく自転車で出かけていった。
DD51牽引の12系。臨時列車ではなく、旧客置き換えの普通列車。上川口−上夜久野。1986年10月。
左から、キハ58系、智頭急行HOT7000系、キハ181系「あさしお」。和田山にて。
列車交換のため宿南信号場に停車中の上り客車列車。
電化間近の江原付近を行く旧客。電化は旧客の廃止を意味していたので、旧客最後の夏を迎えようとしていた時。1986年6月
DD51牽引のお座敷列車「江戸」。余部鉄橋はこの時も多くの鉄ちゃんで賑わっていた。1986年8月
上の写真と同じ日。急行「だいせん6号」大阪行き。グリーン車を組み込んだ8両編成。当時はこんなのは当たり前だった。
「出雲3号」。余部以外のどこか撮影地はないかと探したもののいい場所が見つからず、かといって余部にも戻りたくないので、と隣の久谷付近の草むらから狙う。今から思えば余部で一枚くらいちゃんとしたのを撮っておけば・・・と悔やむばかり。
キハ181系時代の最後の方の「おき」。3両編成の特急というのも驚くほど短いが、キハ187になったら2両編成というのだから。
鳥取国体(別名「わかとり国体」)開催にあわせて設定された快速「わかとりライナー」。
山陰本線の始発駅、京都。夜になると人影もまばら。現在のような終電まで多くの人であふれ返るようになるとは、とても想像できなかった。
東舞鶴駅でDE10を増結し三重連で松尾寺に向かう貨物列車。
廃止直前の急行「丹後」。梅迫−真倉。現在は電化されたために架線が貼られてこんなすっきりとした構図は狙えない。
由良川を渡る特急「あさしお」。週末に雪が降ったので急に思い立って写真を撮りに出かけた。
木次線のキハ52 128。最後までこの塗色を残している車両として有名になったが、廃車前にはワンマン改造されたりしてしまった。
山陰地方